おい!オマエの顔はいいな。

知らない人の写真は撮りにくい。

撮りたい人を知らないなら、どういう特性が欲しい?例えば、俺の彼女の笑顔はすごい綺麗から俺が写真撮れば、あの笑顔を撮りたい。俺のいつも考えすぎる友達の写真を撮れば、あの「考え中」の顔を撮りたい。撮りたい人を知らないなら、そういう特性をわからない。わからないなら、あのとった写真は無意味と思う。

それ以外、知らない人をアプローチするコトは怖そう。怒ってなれば、どうする?なお、アプローチや紹介のコトをかわらない。「すみません〜!俺はザカリです。オマエの顔はいいな〜!」と言っていい?笑

さ、ネパールでとなりの子達の写真たくさんとった。たまに、子供の両親を聞いたないのに、大丈夫だった。たまに両親から、写真をとったから、お茶をもらった。アメリカに行ったら、確かに知らない人の写真を撮れる。日本以外、どこでも行ったら知らない人は聞きやすいと思う。

自分の住んでいる国で、人に話したいなら、壁があるみたいな感じがある。全然できない。でもこの壁が自分のあたまだけに存在する。それのに、日本に来たトキ以来、どこでもカメラ使って、敵意の感じが全然ない。

5月で、アイデアがあった。好きなラーメン屋の店長の写真をとりたかった。大学の近くのラーメン屋に行った時、店長の聞いた。店長が「ごめんなさいですけど今はダメです。」って。店長は怒ったないけどその瞬間以来、全然できない。邪魔したくない感じがある。

6月で、アパートの近くの畑の畦で写真を撮っていた。写真を撮りながら、畑のおじいさんが車で来た。車から俺に優しくほほえんだ。あの時に逃げた。おじいさんは優しかったのに、「俺が早めに行くハズ」の感じがあった。

先週、彼女と長い話があった。「1月で広島に行きたい。人をいっぱい会いたいや写真いっぱい撮りたいけど全然できない。自分の街でもできない」って。彼女が「ぜったいに邪魔じゃない!面白いと思う。」と返事した。「しってるけど信じられん。」

昨日、川越に行った。小江戸エリアで散歩した。あと2時間ぐらい、写真をまだとったない。無理だ。駅の戻った時に、人力車の車夫をみった。いい光で立った。突然に聞いた。「すみません。。。写真とっていい?」って。「今は私が帰りますけどこいつは大丈夫でしょう」と行った。ほかの車夫に叫んだ。若いの車夫が来た。車夫が「ポーズは?」と聞いた。緊張になった。「え〜何でもいい」って。2枚とった、あとは車夫と少し話した。

これはあの写真です。

露出過剰だ、構図は積まない。ぜったいにものすごい写真ではない。
だけど大切な目標です。